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東京大学の薬学の発展に寄与した科学者・教育者

大澤利昭 名誉教授

大澤利昭教授は、1930年(昭和5年)11月10日に群馬県前橋市にお生まれになりました。幼少期から利発で、小学校では総代を務めることが多かったとのことです。旧制成蹊高校に学び1950年に卒業し、同年東京大学医学部薬学科に入学1953年に卒業しました。新制に切り替わる前の最後の卒業生でした。大学院終了後、師事していた秋谷七郎教授の定年、移動に伴い、東京医科歯科大学(現東京科学大学)に移り、助手を勤めました。1962年から1964年までマサチューセッツ総合病院およびハーバード大学医学部のRoger W.Jeanloz研究室で研究員を務め、帰国して東京医科歯科大学で助教授をつとめました。1967年には東京大学薬学部助教授となりました。1971年より教授に昇任し、1989年に定年退官するまで生体異物・免疫化学講座を主宰されました。

大澤利昭教授の学問は複合糖質に関わる合成研究を出発点とし、1970年ころから糖鎖と結合するタンパク質であるレクチンの研究を展開しました。特にレクチンの結合が抗原を認識した時と同じ応答をリンパ球に引き起こすことに注目し、リンパ球表面のレクチン結合分子の生化学的研究、リンパ球に起こる細胞生理学的な変化の解析、活性化したリンパ球が産生分泌する分子(後にサイトカインと呼ばれるようになった)の研究を牽引しました。これらの研究は、国内外の多くの研究者に先駆けて細胞活性化に関わる細胞内シグナル伝達に注目したこと、免疫細胞サブセット間の相互作用のメカニズムとそこに関与する分子に注目して追求したことなど、その後数十年間に爆発的な進歩を遂げた分子免疫学の発展の端緒を作り、押し進めた先見の明に溢れたものでした。多様な免疫細胞の分化と機能制御に糖鎖が関わることは、大澤利昭教授とその指導を受けた研究者の努力によって確立されたものの、詳細についてはこの研究が開始されて50年後の2020年に経っても完全には解明されていません。

大澤利昭教授は1989年に東大退官後は、ヤクルト本社専務取締役中央研究所長を勤め、それまでの研究対象よりはるかに広い範囲の研究のリーダーシップをとり、同社における創薬研究、食品研究の推進に大きく貢献されました。2003年より東京薬科大学に請われて学長となり、その発展にも貢献されました。

大澤利昭教授は学会活動においても顕著な足跡を残し、日本免疫学会の創設(1970年)、日本糖質学会の創設(1978年)などに深く関わりました。また日本生化学会、日本癌学会、米国癌学会などの名誉会員でもありました。国際的にはレクチン研究のパイオニア、リーダーとして知られ、Goldstein IJ, Hughes RC, Monsigny M, Osawa T, Sharon N. What should be called a lectin. Nature, 285(5760), 66-66, 1980(https://doi.org/10.1038/285066b0) の共著者の一人です。 大澤研究室からは内外で活躍する多数の人材が輩出されたことも、広く知られています。

2010年4月1日にご自宅で亡くなられました。79歳でした。今はその14年後に亡くなられた奥様と共に群馬県前橋市の長昌寺に眠っておられます。

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東京大学薬友会
東京大学大学院 薬学系研究科・薬学部