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東京大学の薬学の発展に寄与した科学者・教育者

入村達郎 名誉教授

入村達郎教授は、1949年(昭和24年)2月2日に神奈川県藤沢市生まれた。藤沢市立辻堂小学校、湘洋中学校を経て、神奈川県立湘南高校に進んだ。中学と高校では長身を生かしてバスケットボール部で活躍した。1967年東京大学理科II類に入学、薬学部に進学、1971年に卒業した。学部学生の時から大澤利昭教授に師事し、生化学的手法による糖鎖と糖鎖認識タンパク質(レクチン)の研究を進めた。1974年には大学院を中退して助手をつとめた。1980年よりカリフォルニア大学アーバイン姣で博士研究員としてGarth L. Nicolson教授の研究室に加わり、がん転移の研究を開始した。同年秋にはテキサス大学MDアンダーソンがんセンターに移動、助教授となった。1988年には准教授となり、テニュアを得た。1991年に帰国して、大澤教授の後任として東京大学薬学部教授となり、2013年までつとめ、糖鎖生物学、抗原提示細胞の免疫学、がん転移の研究で先導的な役割を果たした。東大を定年退職後は一時聖路加国際大学大学医療イノベーション部長をつとめたのち、順天堂大学大学院医学研究科特任教授・客員教授として糖鎖創薬研究室を運営して今日に至っている。

入村達郎教授は大学院生および助手として東京大学に在職中は、植物レクチンが単純な糖ではなく糖鎖を認識することにより、糖タンパク質、ひいては細胞の違いを見分けることを明らかにした。ヒト赤血球表面の糖タンパク質糖鎖の構造を初めて決定し、レクチンとの結合性との関係を解明した。特に辻勉博士とともに、ポリ-N-アセチルラクトサミンと呼ばれる糖鎖の存在を明らかにした。カリフォルニア大学のGarth L. Nicolson教授の研究室においては、高い転移性を持つがん細胞が、がん転移をもたらす細胞相互作用に細胞表面糖タンパク質を利用することを明らかにした。テキサス大学MDアンダーソンがんセンターに移動後はNicolson教授と協力しつつ、中島元夫博士とともにがん細胞の産生するグリコサミノグリカン分解酵素(ヘパラナーゼ)ががん転移に重要な細胞外マトリックスの分解に関わることを発見した。一方、1984年から独立して研究室を運営し、NIHの支援のもと手術検体を用いて大腸がんの進行と転移に関わる糖鎖関連分子であるシアリルルイスX抗原、ムチン1、ガレクチン3の重要性を明らかにした。がんの生化学的な特性と転移性との関係を臨床的な枠組みの中で示した極めて先駆的な研究成果であった。

教授として東京大学在職中は内在性C型レクチンの発現がマクロファージや樹状細胞の機能に関わるだけでなく、それらの多様な亜集団の機能と関係することを伝田香里博士らとともに明らかにした。さらに、糖鎖を高含量で含む糖タンパク質であるムチンに関する研究を推し進め、特定の糖鎖を含むムチンががん細胞の振る舞いに関わるだけでなく、悪性度の高いがんに特異的な治療標的分子として有用である可能性を示した。

学会活動においても顕著な足跡を残し、日本がん転移学会の創設(1991年)、マクロファージ分子細胞生物学研究会の創設(1991年)などに深く関わった。2003年には、共同設立者としてサミットグライコリサーチ株式会社を設立し、2005年まで取締役をつとめた。2005年より公益財団法人薬学振興会の理事長をつとめ、東京大学における薬学の研究を奨励・助成し、学術の振興と人類の福祉に寄与することに貢献している。2012年には医薬品医療機器総合機構(PMDA)における科学委員会の設置を支援し、2016年まで委員長をつとめ、医薬品、医療機器の承認審査の科学的側面の強化に大きく貢献した。

国際的にはがん転移研究、ムチン研究のパイオニア、リーダーとして知られる。国際がん転移学会(Metastasis Research Society)の理事を2期つとめ、その公式機関誌であるClinical & Experimental Metastasisの編集主幹を1996年から2016年までつとめた。また、2016年から2020年には、国際薬剤師・薬学連合(International Pharmaceutical Federation)の薬科学部門(Board of Pharmaceutical Sciences)の議長を務めた。

研究室からは国内外でがん、免疫、糖鎖、生物系薬学、および関連分野で学術のみならず産業界でも活躍する多数の人材が輩出されていることも広く知られている。

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東京大学薬友会
東京大学大学院 薬学系研究科・薬学部